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札幌高等裁判所 昭和26年(う)75号 判決 1951年5月01日

控訴人 検察官 築信夫

被告人 大久保信正

弁護人 坂谷由太郎

検察官 樋口直吉関与

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を長期一年短期六月の懲役に処する。

原審における訴訟費用の二分の一及び当審における訴訟費用の全部はこれを被告人の負担とする。

理由

岩見沢区検察庁検察官桑原一右の控訴趣意及びこれに対する弁護人坂谷由太郎の答弁はいづれも別紙記載の通りである。

裁判所が被告人に対し少年法を適用して裁判をなすべきか否かは、裁判所がその被告人に対し有罪として刑の言ひ渡しの判決をなす当時の少年法の規定と被告人の年齢との関係によつて決すべきものであつて、起訴当時のそれによつて決すべきものではない。少年法は昭和二十四年一月一日より施行せられ、二十歳に満たないものを少年とすると規定してゐるけれども、第六十八条によつて施行後二年間は十八歳に満たない者を少年として取扱ふことと定めているのであるから、昭和二十五年十二月三十一日までは少年とは十八歳未満の者を指し、翌昭和二十六年一月一日からは少年とは二十歳未満の者をいふことになる。故に昭和二十五年十二月三十一日以前に十八歳以上の者は成人として取扱はれ、従つて起訴も亦少年法所定の手続によらずしてなされるものであるけれども、それが昭和二十六年一月一日以後に裁判所において刑の言渡しの判決を受ける当時、二十歳未満であるならば、裁判所は少年法の規定を適用して処断すべきものである。

この点に関する弁護人の答弁第一項の所論には賛成できない。

又少年法第五十二条には「少年に対して長期三年以上の有期懲役又は禁錮をもつて処断すべきときは、」不定期刑を科すべきものと定めてあつて、ここに「処断すべきとき」とは、裁判所が判決をもつて言ひ渡すところの所謂宣告刑を指すものではなく、法定刑に法律上の加重減軽及び酌量減軽を加へて得たところの刑の範囲を指すものである。

この点に関する弁護人の答弁第二項の所論も亦当裁判所の賛成できないところである。

今本件を見るに被告人は昭和七年二月十二日生であつて、昭和二十五年十二月二十三日の起訴当時においては十八歳以上であつて、成人として取扱はれたが、昭和二十六年一月十三日の原審判決当時は二十歳未満であるから、この場合には少年法の適用を受けるものであること明らかである。しかも一件記録及び原判決によれば被告人に対しては長期三年以上の有期の懲役をもつて処断すべきときに該当するのであるから、被告人に対しては正に少年法第五十二条を適用して不定期刑を科すべきであつたのに拘はらず、原判決が被告人に対し懲役六月に処したのは明らかに法律の適用を誤つた違法があつて、その違法が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、検察官の本件控訴は理由があり、原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により破棄を免れない。

よつて当裁判所は同法第四百条但書により次の通り判決する。

当裁判所の認定した罪となるべき事実は原判決記載の第一及び第二の事実(被告人に関する犯罪事実の摘示)と同一であり、これを認める証拠は原判決に掲げた証拠と同一であるから、いづれもこれを引用する。

法律によると被告人の原判決判示第一及び第二ノ一の各行為は刑法第二百三十五条第六十条、判示第二の二の行為は同法第二百三十五条にそれぞれ該当するが、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により重い判示第二の二の竊盗の罪の刑に併合罪の加重を加へる。而して被告人は少年法第二条の少年であるから少年法第五十二条を適用し、被告人に対し主文第二項の通り量刑処断し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第一項により主文第三項の通りこれを定める。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 河野力)

検察官の控訴趣意

原審判決は公訴事実を認め被告人大久保の所為は刑法第三百三十五条に該当するものとして刑法第四十五条前段同法第四十七条第十条を適用して竊盗の刑に付併合罪加重を為し其の刑期範囲内に於て同被告人を懲役六月に処した

同被告人は昭和七年二月十二日生で昭和二十五年十二月二十三日本件起訴当時満十八年十月原審判決時満十八年十一月にして少年法第六十八条同第二条に依り起訴当時は成年として取扱れたとは謂へ同法施行後二年を経過したる昭和二十六年一月一日以降である原審判決時には少年法を適用し同法第五十二条により長期三年以上の有期の懲役又は禁錮を以て処断すべき時は不定期刑を言渡すべきである

本件は竊盗の刑に付併合罪加重をしてあるので処断刑の長期は懲役十五年であるから当然被告人に対しては不定期刑を言渡さなければならないに拘らず原審が少年法を適用せずして懲役六月に処したのは法令の適用を誤つたものである然も其の誤が判決に影響を及ぼす事も亦明らかであるから原審判決は破毀を免れないと考へる

弁護人坂谷由太郎の答弁

一、本件事犯に対する検事起訴は被告人の年齢十八年十月当時である昭和二十五年十二月二十三日であつたから成人犯として取扱はれ其裁判管轄は一般刑事裁判所として岩見沢簡易裁判所に繋属確定したものである

従て縦令本件判決当日(昭和二十六年一月十三日)に於て被告人が尚ほ成年犯として裁判宣告を受くることは当然であつて、これは昭和二十六年一月一日以降少年法が満二十歳未満者に適用され而かも被告人は猶ほ満二十歳に達しなかつたからと云つて裁判管轄は変更ない本件控訴趣意は要するに法の変更による裁判管轄に関する当否の問題であるから起訴当時適法な管轄は其後の法律改変の事情によつて変更されることはない但しこれに関する経過規定でもあれば格別である

少年法は少年の保護を目的とし責罰を主眼とした刑罰法令の目的とは根本的に趣意精神を異にするから若し控訴趣意説論の如く昭和二十六年一月一日以降の未成年者に係る総ての事件(及裁判未確定事件)は公訴棄却の上少年法によつて少年審判所に移送の宣告を為さねばならぬこととなつて種々の不都合な事態を生ずるに至るであらふ

単に不定期刑を科すべしなどの問題よりも大きな問題である

二、少年法第五十二条に謂ふ「処断」の意義は犯罪に対する適用罰条に定められた刑期を謂ふに非らずして裁判官が被告事件の当該量刑を現に決定した場合を指すのであるから従て本件宣告刑の懲役六月の場合は趣意書所述のような不定期刑適用の余地ないものと謂はねばならない

以上の次第であるから本件控訴は理由ないものであるから棄却の御裁判を求むるものである

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